まず、テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンター(MDACC)を説明する。MDACCはテキサス州のヒューストン市のテキサスメディカ

ルセンター内に位置し、病床数480床で、従業員13,000人、年間の新患者数17,956人,薬剤部の従業員300人、薬剤師204人、医療雑誌でがん専門病院として全米1位にランクされた病院である。全世界から最新のがん治療を求めて、患者さんが来院する。
今回の目的は、MDACC薬剤部の薬剤師の活動を見学することで、翌日からさっそくMDACCの3日間の見学が始まった。
まず、アメリカの薬学部事情を少し説明させてもらう。アメリカの薬学部は1学年100人ちょっとで、まず基礎の勉強は、Pharmacy Schoolつまり薬学部に行く前に大学のUndergraduateにて、Pre−Pharmacyで必要とされている科目、生物学、化学、有機化学といった基礎の勉強を2年間する。その後P−CAT(Pharmacy College Admission Test)を受けて、そのスコアをもってPharmacy Schoolすなわち薬学部の面接を受けることができる。そこから4年間Pharmacy Schoolで専門を習うこととなる。最初の3年間は薬剤師のための専門教科の勉強をする。5年生から6年生にかけ、病院内にてインターンシップを規定の時間をかけて行い、卒業時のライセンス取得の際には、規定のインターンアワーを終了していなくてはライセンスの取得も無理となる。ライセンス取得後、就職を考える薬剤師は、病院または調剤薬局、Home Healthの薬局をローテーションで働くこととなる。ここでPharmDの資格取得を考える者は更なるトレーニングが始まる。Clinical Pharm Dの場合、1年間のレジデンシー終了後、さらに専門の臨床薬剤師になるため2年間のフェローシップを行う。MDACCなどの臨床薬剤師に関しては、さらに1年間のOncology Residencyを終えなくてはならない。すなわち、MDACCの臨床薬剤師は、高校卒業後10年経って腫瘍専門臨床薬剤師と認められるわけであるから、さすがにこれだけのトレーニングを受ければかなりの実力はつくし、またそのトレーニングに裏打ちされてか、どの薬剤師も自信に満ちあふれているように感じた。
最初の日に、通訳をしていただいたのが、京都薬大を平成6年に卒業された後、3年間保険薬局勤務し、その後アメリカに渡って英語を勉強し、今アメリカで薬剤師の資格をとるために頑張っている島田 優さんという女性にお願いした。英語ができるし、日本の事情がわかっているし、しかも同じ薬剤師という立場で、本当によくしていただいた。
私が最初に訪れたのが、血液内科もっとくわしく言うと、BMT(Blood and Marrow Transplantation)という骨髄移植をされた患者さんの病棟であった。入院患者数は 64人で、医師数は13人、薬剤師は7人,看護師は30人以上(正確な数字はわからなかった)。普通,朝の回診は医師と薬剤師と看護師、そして患者さんによって栄養士がついたり、ソーシャルワーカーがついたりするが、基本型は医師、薬剤師、看護師がセットで患者さんのところに訪室する。全て個室で入り口に患者家族への注意書きが掲げてあり、手袋とかマスクの着用をはじめとして、こと細かく記してあった。私は、PharmDのヘータル・シャーさん、PharmDレジデンシーのカテリーン・フィオーラさん、通訳の島田さんと一緒に、いかにも人のよさそうな主治医ガジュースキー先生、APN(Advanced Practice Nurse、上級看護師)のウェンディー・ジョーンズさんと訪室した。

ひととおりの回診が終わったあと、シャーさんとフィオーラさんはカルテの薬剤師の記入欄にデータとか、問題点とかを記載していた。ここらあたりは日本の薬剤師とそう変わりはない。根本的に違うのは、シャーさんがその回診後に、患者さんの服用する薬を考え、処方を書くという点である。抗がん剤の処方もシャーさんがメニューを考え、処方を書いていた。最後に主治医がその処方をチェックし、サインをして処方箋が完成する。ここまで到達するには相当のトレーニングと臨床力が必要と思った。と同時にチーム医療に参加しているという喜びと責任と自信がそこにあると感じた。
看護師もかなり積極的にチーム医療に参加しており、そこには今後日本が目指すべきチーム医療のあり方があるように思えた。ただそれは、医師の理解・信頼と我々薬剤師や看護師の努力があいまった時に完成するのであって、待っていればそういう時代がくるのではない。アメリカにおいては、1970年初頭からの運動が今結実したわけで、我々も来るべき時代に備えて、専門性を身につけなければならない。そういう意味で、兵庫県病院薬剤師会がさきがけとなった専門薬剤師育成プログラムは、大いに活用するべきであると感じた。
2日目は、今回無理をお願いしてこの見学を実現させていただいたBMTの上野助教授の外来に随行した。上野先生を少し紹介すると、和歌山県立医科大学をご卒業後、横須賀の米軍の病院を経てMDACCに入られ、現在に至る。先生は、アメリカのチーム医療の概念を日本でも根付かせようとがんばっておられる。先生の奥様、上野美和さんは薬剤師で、大阪薬大を平成1年に卒業され結婚を機に、アメリカに住んでおられる。今回のこのツアーも上野先生と奥様の上野美和さんのおかげで実現したので、心から感謝している。上野美和さんは、日本人の患者さんが世界最大の医療センターであるテキサス・メディカルセンター内の病院にて、最先端の医療が受けられるようにと、サポートする会社メディエゾン・テキサス(ホーム・ページ http://www.mediaison.com/)を作られている。実を言うと、今回の私の訪問がきっかけで、薬剤師や看護師がテキサス・メディカルセンター内の各病院の現場を見学ができるようなプランを作成することになり、今各病院と交渉中だそうで、近々ホームページに詳細を載せるとのことで、もし興味のある方はごらんください。
本題に戻る。外来患者は11人。日本の外来では考えられないような少なさである。先生、たった11人ですかと尋ねると、これでも多くて大変ですよと言われた。午前8時からの外来は午後1時まで続き、その内容の濃さから上野先生の言っておられる意味が理解できた。「How are you?」というあいさつと握手から始まる診察は、一人一人の患者さんへ本当に丁寧であるし、患者さんもゆっくりといろいろ質問されるし、それに対してわかりやすく説明し、いつもにこにこの上野先生は最後には必ず「Anything else?」と患者さんの納得いくまで、話し合う姿勢を見せられる。これこそが、本当の医療のありかたであろうことは間違いない。しかし日本では、到底できないことであるとも思った。
最後の日は、乳がんの外来を見学した。PharmDのケリー・ジョーンズさんという女性の薬剤師とこの日は通訳に、MDACCの現役のRN(Research Nurse)である岩崎美智子さんと一緒にいろいろ見学した。岩崎さんにも本当にお世話になった。岩崎さんは慶応大学の看護学校をご卒業後、慶応大学病院で働いておられその後渡米し、UC(カリフォルニア大学)のデービス病院の看護師をされ、旦那さんの転勤でヒューストンにきたと言われていた。RNは臨床試験を全て管理する看護師で、彼女もいくつかの治験を担当し、データのまとめをされていた。
ケリーさんもかなり勉強されていて、サウジアラビアからきたという乳がんの患者さんに、カペシタビンという5FU系の抗がん剤(経口)の説明を文書を用いて、十分に説明していた。本当にすごいという印象しかない。

アメリカの薬剤部には、テクニシャンという調剤専門員という職がある。専門学校で6ヶ月間の基礎と調剤実習を受け、受験して資格が得られる。整理すると、薬剤部には、従来の4年制卒業のRPH(Registered Pharmacist)、6年制卒のPharmD、そしてTechnicianと3つのライセンスの方がいる。RPHやPharmDは、処方箋の用法・用量、相互作用等のチェックをし、Technicianが全ての調剤を担当し、輸液の混合や抗がん剤の調整も行う。話は少しずれるが、街の調剤薬局ものぞいてみたが、そこにもTechnicianがいて調剤していた。調剤薬局は最近ではドラッグストアの中にあることが多く、マクドナルドみたいなドライブスルー形式で薬を渡すようにもなっていた。
元に戻す。Technicianによって調剤された薬は、RPHやPharmDが監査をする。病棟での服薬指導とかはPharmDが行う。ということで、RPHやPharmDは一切、薬をさわることがなかった。これがMDACCだけのことなのか、一般的なことなのかはわからないが、日本での薬剤師が調剤し、薬剤師が服薬指導するという体制とは大違いである。
というわけで長々と書いてきたが、たった3日間の見学であったけれども本当に内容の濃いものであった。今後日本の医療体制がどのように動いていくのか、薬剤師の仕事がどのように変わっていくのかはよくわからないが、アメリカの踏襲した道を多かれ少なかれ歩むには違いない。将来を見据えて今を生きるためには、アメリカの体制を勉強する必要があるように思う。特に若い薬剤師の先生方には、是非とも一度は見学してほしいと切に願う。そのための情報や手段は、提供するつもりである。真のチーム医療を日本でも実現させるために、がんばりましょう。それは、医師のためでも、薬剤師のためでも、看護師のためでもなく、患者さんのためであるから。